大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxide Capture and Storage) が注目されています。CCS は工場などから排出される二酸化炭素 (CO2) を回収した後、地下深くに隔離する取り組みです。地球温暖化の危機感が高まる近年、CO2 を回収できる材料やその技術的応用が、国内外の大学や研究機関から盛んに報告されています。本記事から複数回に分けて、産業界における主要な CO2 の排出源、既存のCO2 吸収技術の現状と課題、そして最新の研究についてお話します。
はじめに: なぜ CO2 回収が必要か

産業活動による CO2 排出の量と空気中の CO2 濃度の関係. 1800 年後半から CO2 をギガトンスケールで排出し始めると, 空気中の CO2 濃度もそれに伴って増加しています. (参考: NOAA climate.gov)
産業革命以来、大気中の二酸化炭素濃度 は上昇を続けています (上図)。過度に上昇した大気中の二酸化炭素は地球温暖化の主要な原因と考えられています。実際に、大気中の二酸化炭素の増加と地球の平均気温の上昇には相関があり、近年の気温上昇は人類の産業活動がもたらしたものであることは間違いないでしょう (下図) 。例えば石炭や石油を燃焼してエネルギーを取り出す際には、それらの化石燃料に含まれていた炭素原子が二酸化炭素 (CO2) として排出されます。そのような化石燃料の燃焼によって、大気中の二酸化炭素が増えたと考えられています。二酸化炭素を回収する技術を開発し、二酸化炭素の排出量を減らすことは 21世紀の課題です。

大気中の CO2 濃度が増加するにつれて, 平均気温が上昇していることを表した図. 温度上昇は, 産業革命以前の平均気温を基準として示されています. 2030 年にもパリ協定で示された温度上昇抑制の努力目標を超えてしまいそうな勢いであることが分かります.(参考: Fakta o klimatu “How are CO2 concentrations related to warming?”)
注意: 「脱炭素化」という用語について12
二酸化炭素の排出を抑えた社会に変革していくことを「脱炭素化 Decarbonization」といった用語で呼ぶことがあります。しかし、炭素という元素自体は、生物の体だけでなく衣服や木材などさまざまな物質に含まれる元素で、社会から炭素を完全になくすことは不可能です。社会から炭素を完全になくすことが不可能である、というだけでなく、「脱炭素化」という言葉からは「炭素が悪者である」という印象や「炭素のない物質や社会を目指す」という間違った印象を一般の人々に与えてしまうかもしれません。実際に求められているのは、植物などの生態系が光合成によって固定できる二酸化炭素の量と呼吸や化石資源の燃焼によって排出される二酸化炭素の量のバランスが保たれている社会です。したがって、「脱炭素化」よりも「炭素循環」や「カーボンニュートラル (炭素中立)」といった用語の方が適切であり、それらの用語を使用していくべきだと日本化学会から提案されています12。この記事でも、日本化学会の立場に賛成し「脱炭素化」という単語はこの段落以外では使用していません。
主な二酸化炭素の排出源
大気中の CO2 濃度の上昇を止めるには、その発生源を理解する必要があります。例えば 2017 年には、32.8 ギガトン (Gt) の CO2 が人類の活動によって排出されたと見積もられており、その 41% が発電や発熱によるものと考えられています (下図)。さらに CO2 排出全体の24% は化学工業が担っており、その主な排出源にはセメント産業、精油産業、製鉄産業、製紙産業などが挙げられます。

2017 年の CO2 排出の分類. 発熱や発電の部門 (オレンジ色) は, それらの熱や電力がどのような活動に使われたのかをさらに細かく分類しています. (参考: IEA “CO2 emissions from combustion 2019 – Highlights”)
二酸化炭素回収·貯蔵·利用技術のおおまかな流れと分類
大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、CCS および CCUS が知られています。CCS は Carbon dioxide Capture and Storage の頭文字をとったもので、日本語に訳すと二酸化炭素回収·貯留です。具体的には工場などから二酸化炭素を回収した後、地下深くに隔離する取り組みを差します。特に、帯水層と呼ばれる地下水で飽和している地層が、二酸化炭素の隔離先として有望視されています7。

CCS の大まかな流れ.
一方 CCUS は、Carbon dioxide Capture, Utilization, and Storage の頭文字をとったもので、二酸化炭素回収·利用·貯蔵を意味します。CCS と CCUS の違いは、二酸化炭素の利用 (utilization) を考慮しているかどうかで、CCUS の方が CCS より広い定義の二酸化炭素回収戦略となります。二酸化炭素の利用方法には、大きく分けて直接利用と化学変換の2種類があります1。CO2 を直接利用する方法には、冷却材であるドライアイス (固体の CO2)、炭酸飲料、消火剤、石油や天然ガスの掘削などがあります。一方、化学変換する場合は、メタン(CH4, 燃料) , メタノール (CH3OH, 燃料や化学製品の原料), 炭酸カルシウム (CaCO3; 石灰石, セメントの原料), あるいはポリウレタン (合成繊維など) など多くが検討されています。ただし、回収した CO2 を利用するとしても、最終的に CO2 を大気中に排出してしまう利用法 (ドライアイス, 消火剤) は長い目で見ると理想的ではありません。したがって、上述した地下への隔離や化学変換が求められます。
この記事では、CCS や CCUS の一番最初のステップにあたる二酸化炭素の回収 carbon dioxide capture に焦点を絞ってさらに深堀します。
二酸化炭素回収技術の種類
二酸化炭素回収と一言で言っても、どこで CO2 を回収するかによって様々なプロセスが提案されています。具体的には CO2 を回収するプロセスは、排出源での回収 (point-source capture) と空気中からの直接回収 (direct air capture; いわゆるDAC [ダック]) に大まかに分けられます。さらに排出源の回収のなかでも、どのような工場から排出される排ガスかによって、二酸化炭素の濃度、温度、二酸化炭素以外のガス組成などは異なります。主な排出源には、火力発電所、製鉄工場、セメント工場が挙げられ、それぞれの排ガスの組成は下の表のようになっています。二酸化炭素の排出源によって求められる特性は様々であり、種々の二酸化炭素排出源の特性を理解することは、材料やプロセス設計の第一歩になります。ここでは、さまざまな排出源での二酸化炭素の回収そして空気中からの二酸化炭素回収の特徴についてまとめます。
火力発電所からの二酸化炭素回収
化石燃料の燃焼による発電や発熱は、全世界の41% の二酸化炭素排出を占めると言われているため6、火力発電所での二酸化炭素回収は、CO2 排出削減に向けての第一の標的とされてきました。火力発電所からの CO2 回収には、おおまかに 3 つの方法が提案されており、それぞれ燃焼前回収 (pre-combustion capture) 、酸素燃焼回収 (oxy-fuel combustion capture) 、燃焼後回収 (post-combustion capture) と呼ばれます8,9。
燃焼前回収では、化石燃料を水素燃料に変換して、その際に発生する二酸化炭素を除きます。例えば石炭の場合、石炭 C と水蒸気 H2O あるいは酸素 O2 との反応によって、いったん石炭を水素 H2 と一酸化炭素 COの混合ガス (合成ガス, syngas) に変換します。一酸化炭素 CO を水 H2O で 二酸化炭素に酸化しつつ水を水素に還元します (水性ガスシフト反応, water gas shift reaction)。水素と二酸化炭素は容易に分離できるので、ここで二酸化炭素を分離します。得られた水素を後で燃料として使いますが、水素の燃焼では水しか発生しないため、排ガスは CO2 を含みません。これらの工程は、燃料の燃焼前に CO2 を回収しているため ”燃焼前回収” と呼ばれています。

燃焼前回収において化石燃料から水素へ変換する反応の例.
酸素燃焼回収では、化石燃料を燃焼させる際に純粋な酸素ガスを使用します。このプロセスでは、排ガスは二酸化炭素と水のみになり、水は凝縮すれば取り除けるので、純粋な二酸化炭素を比較的容易に回収できます (後述する空気を利用する燃焼後回収の排ガス組成も参照)。ただし、酸素燃焼回収では、空気中から純粋な酸素を分離する過程にエネルギーが必要となり、二酸化炭素回収とは異なる技術的課題があります。

酸素燃焼回収では, 炭素燃料を純粋な酸素で完全燃焼します.
燃焼後回収は、化石燃料を空気で燃焼した後の排ガスから二酸化炭素を回収することを指します。燃焼後回収に関する技術開発が、この記事および次回の記事のメインテーマとなります。
火力発電所における燃焼後回収の排ガス組成
例えば石炭を燃焼する火力発電所の場合の典型的な排ガス組成は、窒素 N2 70-75 %、二酸化炭素 CO2 10-15%, 水蒸気 H2O 8-10%, 酸素 O2 3-4%、そして微量の硫黄酸化物 SOx や窒素酸化物 NOx などを含みます。排ガス温度は 140 °C 程度ですが、 SOx を除く過程で 40-60 °C 程度にまで下がります。そして、40–60 °C 程度であれば二酸化炭素の物理吸着や化学吸着が容易なため、アミン水溶液や多孔性吸着剤を利用した二酸化炭素回収が研究されています (次回の記事を参照)。燃焼後過程の排ガスにおける主要成分は窒素ガスですが、窒素と二酸化炭素を分離するのは比較的簡単です。アミン水溶液を利用した二酸化炭素の分離では、吸収した二酸化炭素を効率よく放出させることが課題となっています。一方、多孔質吸着材を利用した二酸化炭素分離ではむしろ、水蒸気の吸着を抑えつつ二酸化炭素を選択的に回収することも課題となります8。
上述の石炭燃焼による二酸化炭素の排出は、全世界の二酸化炭素排出のなかで最も大きい寄与していますが、天然ガスを燃焼する発電所の重要性も高まってきています。なぜなら、同じエネルギーを得るのでも天然ガスを燃焼する方が二酸化炭素の排出量が少ないからです 。石炭はおもに炭素のみであるのに対して天然ガスはメタン CH4 が主要成分で炭素の割合が少ないのです。天然ガス燃焼の典型的な排ガス組成は、窒素 67-72%, 酸素 12%, 水蒸気 8%, 二酸化炭素 3-4%と微量の SOx と NOx です。石炭燃焼の排ガス組成と比べてみると、天然ガス燃焼排ガスの方が二酸化炭素濃度が低く (天然ガス燃焼 3-4% vs. 石炭燃焼 10-15%) 、酸素の割合が高く (天然ガス燃焼 12% vs 石炭燃焼 3-4%) 、水蒸気の濃度は似ている (8% 程度) ことがわかります。したがって、天然ガス燃焼の排ガスから二酸化炭素を回収する場合、より高い二酸化炭素への選択性と酸化耐性が材料に求められます。
製鉄工場からの二酸化炭素回収2,10
製鉄とは鉄鉱石 (主に鉄の酸化物, Fe2O3) から鉄を取り出し、そこからさらに鋼 (はがね; 鉄と低濃度の炭素およびその他の金属含むの合金) を製造する工程です。製鉄工場から発生する CO2 は、産業での CO2 排出の 30% 程度を占めているため、製鉄工場での二酸化炭素排出削減も重要です。

製鉄の大まかな流れ. (参考: 日本製鉄のホームページ 「製造工程のご紹介」)
2024 年現在の主要な製鉄は、高炉法と呼ばれる方法を利用します。高炉法では、巨大な溶融炉 (高炉, blast furnace) で原料で鉄鉱石を 2000℃以上で溶融させながら、鉄鉱石を還元します。
高炉法は原料の前処理から始まります。まず石炭を高温で蒸し焼きにすることで、コールタールや硫黄などの揮発性成分を抜いて、より高純度な炭素燃料であるコークスを作ります。コークスは、鉄鉱石から鉄を得るための還元剤として使われます。ただし、還元剤としての役割以外にも、燃焼によって高温を作り出して鉄や石灰石を溶融させる役割と高炉の中でガスや溶融した鉄の通路を確保する役割があります。コークス生成の際に発生するガス (コークス炉ガス, cokes oven gas, COG) は、水素、メタンそして炭化水素などを含むため、燃焼することで熱を得ることができます。したがって、コークス炉ガスは、有害な成分 (硫黄やアンモニア) を除いた後に、その他の工程でのエネルギー源として利用されます。
一方で、採掘場から得られた細かい鉄鉱石を少量の石灰石と混ぜて加熱し、大きな塊 (焼結鉱) へと凝集させます。鉄鉱石を凝集させる理由は、細かい粉上の鉄鉱石をそのまま次の工程の高炉に入れると、目詰まりを起こし、炉内でのガスの流れを阻害するからです。
こうして得られた焼結鉱とコークスを高炉の交互に上部から挿入し、高炉の下部から 1200 ℃以上の高温の空気を吹き込みます。これにより次の反応によって、コークスはガス化して一酸化炭素や水素を発生し、さらに一酸化炭素が焼結鉱中の酸化鉄を還元します。

高炉において鉄鉱石 (酸化鉄) をコークス (炭素) によって還元する反応. 多くのCO2 を発生する.
これらの反応により高炉の温度は 2000 ℃以上となり、鉄は融解され、その他の固体の不純物がスラグとして除かれます。溶解された鉄はコークスの炭素を取り込んでおり、銑鉄 (せんてつ, pig iron)と呼ばれます。
炭素を含んだ銑鉄は硬くてもろく圧延加工が困難であるため、銑鉄から炭素を取り除く製鋼工程に移ります。製鋼工程では銑鉄を転炉と呼ばれる炉に送り、純粋な酸素と吹き込みます。これにより、銑鉄の炭素分は一酸化炭素として抜け、より純度の高い鉄が得られます。こうして得られた鉄が鋼 (はがね) であり、さらなる精製や鋳造を経て最終製品へと成型されてゆきます。
製鉄工場における脱二酸化炭素化の取り組み
さて、長々と製鉄の工程を説明したのは、それぞれの工程でさまざまな二酸化炭素を含むガスが排出されるからです。具体的には、石炭からコークスの生成、鉄鉱石と石灰石からの焼結鉱の生成、高炉での鉄鉱石の還元、転炉での銑鉄の還元のすべての過程で二酸化炭素が発生し、排出されます。それぞれの過程におけるガスの組成および温度は以下のようになっています3。
二酸化炭素の濃度や一酸化炭素の有無などそれぞれに特性がありますが、全体の特徴としては火力発電所の排ガスと比較して温度が高いことが挙げられます。これらの工程の中でも、高炉での発生する CO2 が製鉄所における CO2 排出の半分以上を担っています3。ただし、高炉で副生する排ガスは、水素などを含むため燃料としても利用でき、他のプロセスのエネルギー源として利用されます。その結果、高炉そのものが CO2 排出源となるわけでは必ずしもありません。
いずれにしても、高炉で発生した CO2 は巡り巡って高温状態でどこかのプロセスで排出されます。 二酸化炭素を吸収するのは、基本的にエントロピー的に不利な工程であるため、一般的には高温なほど二酸化炭素の吸収は難しくなります (ギブズエネルギーは dG = dH – T dSで、一般的にガスを吸収する過程は dS < 0 であるため高温であるほど dGが正に大きくなる、という意味)。したがって、製鉄工場における二酸化炭素回収では、まず高い温度に耐える材料であることにくわえて、高い温度でも二酸化炭素を吸収できる、強いエンタルピー的な駆動力が必要になると言えます。
なお、製鉄のもう一つの方法として、鉄鉱石を溶融させずに直接鉄に還元したのちにアーク放電によって鉄を融解して不純物を取り除く方法 (電気炉法) があります。電気炉法は二酸化炭素の排出が少ないものの、技術的にはまだ新しく、コストが高いので、2024年現在では電気炉法は世界的にもマイナーです。ただし、鉄鉱石を還元する際の還元剤として水素を利用することで、二酸化炭素を発生させずに鉄を得られる可能性もあります。
現状は水素を化石燃料から製造しているため、火力発電所でいうところの燃焼前回収に近いともいえます (化石燃料から水素を得る時点で CO2 を回収し、水素で鉄鉱石を還元する際には二酸化炭素を排出しない) 。ただし、今後クリーンエネルギーを利用した水の電気分解による水素の製造が普及すれば、水素還元による製鉄は CO2 排出を大きく削減できると期待されています11。
セメント工場からの二酸化炭素回収4
セメントは、水や液体と混ぜることによって粘土のような状態になったのちに硬化する粉体で、コンクリートやモルタルといった建築材料に必須の原料です。セメントの主成分は酸化カルシウム (CaO, 生石灰) とその他の酸化物 (SiO2, Al2O3, Fe2O3 など) で、石灰石 (炭酸カルシウム, CaCO3) を原料に製造されます。すなわち、炭酸カルシウムとその他の原料を混ぜ、炭酸カルシウムを高温下で熱分解します。この工程で二酸化炭素の発生を伴って、セメントの主成分である酸化カルシウムが得られます。この焼成過程によって得られた塊が、後の仕上げ工程で粉砕されセメントとして利用されます。
セメント製造による二酸化炭素の排出は人間の活動によって排出される二酸化炭素のうち、7%を占めると言われています。火力発電所や製鉄工場から排出される二酸化炭素の規模と比べると小さいですが、セメント製造では焼成過程において石灰石の脱炭酸反応で目的物を得るため原理的に必ず二酸化炭素を副生するという特性があります。くわえて焼成に必要な温度に熱するための燃焼によっても二酸化炭素を排出しています。具体的には、セメント製造における二酸化炭素排出における 60-65% が炭酸カルシウムの脱炭酸で、残りが高温を得るための燃焼などに由来します。セメント製造において原理的に必ず二酸化炭素が排出される、というのは、水素を利用した代替技術によって二酸化炭素排出の排出を抑えることが提案されている化石燃料の燃焼や製鉄プロセスとは対照的です。
焼成過程から排出されるガスは、100 ℃近くの高温で、CO2 20% 程度, N2 60%程度、O2 8%程度、水蒸気H2O 12%程度を主成分として含みます (上述の表を参照)。ただし 1200 ppm 以下の NOx と 1500 ppm以下の SOx も含みます。火力発電の燃焼後ガスと比べると二酸化炭素濃度は高めです。ただし、ガスの温度もやや高めで、二酸化炭素を回収するには高温でも二酸化炭素を捕捉でき、かつ比較的容易に二酸化炭素を放出できるよような材料が求められます。材料特性そのものにくわえて、二酸化炭素回収にかけるコストも重要視されます。1 トン当たりのセメントの製造に 0.8 トン程度の二酸化炭素が排出するわけですが、二酸化炭素の回収にコストをかけてしまうとセメント自体のコストが上がってしまうからです。
空気中からの二酸化炭素回収: DAC
2024 年 11月現在、空気の二酸化炭素濃度は 420 ppm 程度です。この空気中の低濃度の二酸化炭素を回収しようとする取り組みが、direct air capture (直接空気回収, DAC [ダック]) です。DAC が、上述の工場での排出源で二酸化炭素を回収するのと異なるのは、過去の産業活動によって空気中に排出されてしまった二酸化炭素を回収できる点です。現在上昇し続けている空気中の二酸化炭素濃度を減少傾向に転じさせ、二酸化炭素濃度を産業革命以前のレベルに引き戻すために必要な技術であるとしてDACは注目されています。
DAC が他の点源回収と大きく異なる点は、空気中における二酸化炭素濃度の低さ (420 ppm 程度, 0.04 %) です。工場排ガスの場合は、二酸化炭素濃度が低めの排ガスであっても、天然ガス燃焼の発電所排ガス 4-15% 程度であり、空気中の二酸化炭素濃度はその 1/100 以下です。したがって二酸化炭素に対する高い選択性と吸着力が材料に求められますが、二酸化炭素の吸着力が高すぎると捕捉した二酸化炭素の回収にもエネルギーが必要になります。理論的に二酸化炭素回収に必要な最低の仕事量は、DAC で 19-21 kJ/(mol CO2) で、これは発電所排ガスから回収する場合の理論上の最低の仕事量の 2-4 倍程度であると見積もられています5。
実際、400 ppm程度の二酸化炭素を吸着できる材料はそれほど珍しくありません。むしろ DAC の技術開発に求められるのは、吸着させた二酸化炭素をなるべく少ないエネルギーで脱着させて回収できるバランスにあります。
まとめ
この記事では、化学工業において主要な二酸化炭素の排出源についてお話しました。現在の化学工業のプロセスを理解しその問題点を調査することは、今後の化学工業の脱二酸化炭素化に向けた技術開発に必要です。次回の記事では、現在の実用化に至っている二酸化炭素回収技術にくわえて、近年発展を遂げている次世代の多孔性吸着剤, 金属-有機構造体 (metal-organic frameworks, MOFs) の研究成果についてお話する予定です。
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参考文献
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関連書籍
人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理 (ブルーバックス 2017)